改革に燃える男 渡辺喜美

平成に入り、二世議員であることに対し、否定的な考えを持つ人がかなり増えてきました。二世議員は仕事をしていないのではないかと誰しもが思っているからです。そんな中、二世議員の中で存在感を見せてきたのが渡辺喜美さんです。

 

改革に燃えてきた男

渡辺喜美さんは、1952年3月17日生まれで69歳です。渡辺喜美さんの父親は、副総理などを歴任し、総理就任を最後まで夢見て志半ばでこの世を去った渡辺美智雄です。渡辺喜美さんは1983年から父親の秘書を務めており、総理候補最有力と言われていた時代も父親のそばにいました。父親が亡くなり、地盤を引き継ぐことになった渡辺喜美さんは1996年初当選を果たします。歯に衣着せぬ言動が注目を集め、2006年の第1次安倍内閣では規制改革担当大臣など複数の大臣ポストを歴任しました。

大臣時代には人材バンクや中央省庁の幹部の一部を公募制にすることなどを掲げ、当時安倍内閣が力を入れていた公務員改革に力を入れます。安倍内閣が倒れた後、福田内閣でもそのまま大臣を務め、2年近くそのポストにつき続けます。

しかし、麻生内閣になってからは公務員改革の動きが鈍るなど、これまでの方針が変わったこともあり、内閣はおろか、自民党の執行部に対しても批判的になり、ついには野党が提出した解散総選挙を求める決議案に与党で唯一賛成することになります。これをきっかけに渡辺喜美さんは自民党を離党します。2009年の総選挙ではみんなの党を血統氏、政党要件を満たして選挙に臨むと、第3極を求める無党派層に評価され、党勢を拡大させます。

その後、自身の問題でみんなの党を追い出され、衆議院選挙に落選、日本維新の会に入党し参院議員となるも離党、NHKから国民を守る党と院内会派を結成するなど、波乱万丈な議員人生を歩み続けています。

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